いかにもまどさんらしい文章です。「きゅうりさんは、きゅうりさんなのが うれしいのね。」で始まり、1見開きに一つの野菜が、誇らしげに、喜びにあふれんばかりに紹介されていきます。自分が自分であること、アイデンティティを、野菜たちが競って謳歌しているようにも聞こえます。しかし、まどさんはそこで留まっているわけではありません。
「この地球上にはさまざまな生き物が生かされています。この数かぎりない生き物の中のどの一つとして、自分が自分といて生かされていることを幸せに思わぬものはいません。みんな幸せに思い、誇りに思い、嬉嬉として他者とは違う自分の個性を発揮しあって生きています。野菜とてこの生き物の本質は同じでしょうが、人間が野生の草から自分の食糧用に産み出したのが野菜です。で、人間のひとりである私には特別の思いがあります。」と言うのです。身勝手な人間に対して、野菜に矜持を持たせようとしているようにも思えます。まどさんの一貫した姿勢を感じることができるでしょう。
斉藤氏の精緻な描写も素晴らしい。艶やかで瑞々しい野菜たちが、画面いっぱいに描かれ、思わず手を伸ばしそうになります。中央の見開きの「わぁ いっぱい!みーんな やさいさん!」は圧巻です。どのページにも野菜のそばに虫も描かれています。子どもたちはすぐに気付くでしょう。名前を聞かれてもご心配なく。最後に虫の名前の一覧がありますから。
最後の「やさいさんたち、みーんな みんな うれしいのね、だいすきな やさいさんに してもらっちゃって。かみさま ありがとう!っていってるのね。」にはまどさんの寄り添う気持ちが詰まっています。1992年に出版された、このやさしさいっぱいの絵本は、30年に渡り子どもたちに愛され続けています。
文 吉井康文